−悦ちゃん ヤク中なんかほっておけ!−

 今でこそ悦ちゃんといえば小宮悦子ですが、空手映画ファンとしては悦ちゃんといえば、やはり高橋悦史アナゴさんじゃねーよ、志穂美悦子様以外には考えられません。

 70年代の空手アクション映画で、千葉真一と共にスターダムにのし上がった悦ちゃんは、意外すぎるほどトントン拍子に出世した方でした。何せ55年生まれの彼女が芸能界入りする動機となったのが『キイハンター』の千葉真一への憧れだったというのですから(既にその時、自宅の屋根から飛び降りるなどの真似事をしていたというのだから、半端じゃありません)、憧れの国民的ヒーローに短時間で肩を並べてしまうという、劇的な成功を収めているのです。十代でJACに入って鍛えられ、『キカイダー01』のアンドロイド・マリや、『直撃地獄拳・大逆転』などのチョイ役などで順調にステップアップしていった悦ちゃんは、74年に見事『女必殺拳』で主役デビューを果たし、世界でも珍しい本格派女性アクションスターがここに誕生しました。とびっきりの美人で、強くて、若くて、イキが良くて、泣き顔もサマになるんですから、おじさんはたまりません。若人からおじさんまで「悦っちゃ〜ん」なんて叫んでアイドル扱い、千葉真一に見向きもしなかった男どもが相好崩してイっちゃいます(劇場へ)。

 映画はいきなり、呼吸を整え、気合いと共に拳を突き込んでくる悦ちゃんの姿で始まります。タイトルが続く中、♪チャ〜、チャチャ〜チャチャ〜、チャチャン!という、ラロ・シフリンの向こうを張ったような軽快な音楽も勇ましく、鏡張りの部屋でひたすら手足とヌンチャクを振る悦ちゃんは、カッコいいです。ああ、きっとこんな鏡張りの部屋で、あのヤク中と……。閑話休題。物語は、日本で消息を絶った香港の麻薬捜査官(宮内洋)の情報を求めて、その妹の悦ちゃん扮する李紅竜が来日するところから始まります。拳法の師匠やその門下生(千葉真一や早川絵美)の協力を得て、ついに敵の麻薬組織の本部に殴り込む紅竜。そしてそこの地下牢でシャブ漬けにされ、廃人同様となった男の姿を見て彼女は愕然とします。「あんた!」……じゃない、「兄さん!」。ヒッシと兄を抱きしめる紅竜。その時、背後からボウガン使いの殺し屋が! 紅竜は即座に物陰に隠れます……兄を放置して。隠れることもできず矢を食らう兄の、遅すぎた寂しげな声。「紅竜、俺にかまわず逃げろ……」。さらに2発目の矢で兄がとどめを刺されてから、やっと飛び出して殺し屋を倒す紅竜。そうだ! ヤク中の身内なぞ見捨てるのが悦ちゃんの本流だ!

 そして大乱闘を経て見事空中戦(!)で敵の首領を倒す紅竜。本作で悦ちゃんは両手両足だけでビルとビルの隙間を登ったり、回し蹴りを美しく決めたり、可愛い顔に似合わぬハードで小粋なアクションを連発、山口和彦のベストワークともいえるテンポの良い作劇にも助けられ、快ヒットを飛ばしました。

 同年の第2作『女必殺拳・危機一発』では千葉真一の代わりに倉田保昭が参入、誘拐された香港娘を追って来日した紅竜を助けます。75年の第3作『帰って来た女必殺拳』は……要するに、A(兄・友人)を探しに来日した李紅竜が敵組織の用心棒B(おもに石橋雅史)にやられそうになるが窮地を切り抜け、C(兄姉・女友達)が犯されたり殺されたりして、敵の屋敷に殴り込み、協力者D(千葉真一・倉田保昭)にBと雑魚を片づけさせ、敵組織のボスE(室田日出男・山本燐一など)を倒して海辺で涙するという、片手で足りる本数しかないシリーズなのに、どれがどれだかわからなくなるほどワンパターンのストーリーが続き、さすがに飽きられるのは早かったようで、本作でシリーズは打ち切られます。

 しかし悦ちゃんは女必殺拳シリーズ以外にも京都の織物問屋の娘が東映京都撮影所で暴れ回る『女必殺五段拳』、女版片腕ドラゴン『必殺女拳士』、不良アクション『若い貴族たち・13階段のマキ』、女版多羅尾伴内もの『華麗なる追跡』に主演、カンフーもので『激突!殺人拳』『少林寺拳法』『激殺!邪道拳』に出演、代表作とされるアクションものを74年から77年のカラテブームとともに連発、悦ちゃん個人の人気は鰻登りで、ブロマイドはバカ売れするわ、レコードを出すわ、八面六臂の活躍は続きます。悦ちゃんも期待に応えんと、『華麗なる追跡』では負傷した足に麻酔を打って、火薬が爆発しまくる岩山を全力疾走で駆け抜けるクライマックスを演じるなど役者バカぶりを見せる半面、東宝の77年『瞳の中の訪問者』では、滅茶苦茶可愛い健康的な美少女として、かわいこちゃんアイドル並の魅力を見せます。中高生層に人気のある従来にないアクションアイドルとしての悦ちゃんの成功は、その後の真田広之に代表されるJACの新人が中高生をメインターゲットに売り出されるきっかけとなります。

 その後の悦ちゃんは『宇宙からのメッセージ』『新幹線大爆破』などに東映の主要スターとして出演するなどして、次第にアクション俳優としての出番は減り、『噂の刑事トミーとマツ』など、TVの仕事を中心にオトナの俳優へと転身を余儀なくされます。そしてそれは「強くてひたむきで、ハツラツとした健康少女」という悦ちゃんの魅力を殺すことにもなり、80年代に入ると目立った作品はなくなり、例によって脱アクションを匂わせて、ジーナ・ローランズの『グロリア』みたいな役をやりたいと発言したりしてすっかり大人しくなってしまい、週刊ポストやGOROなどでセクシーグラビアを披露したりしてすっかり色褪せた仕事もこなすようになります。無論『影の軍団』シリーズ『里見八犬伝』などでそのもてるエネルギーの片鱗をうかがわせるところもありましたが、なかにはあまりにも衝撃的な仕事もありました。

 土曜ワイド劇場の1本、81年『瞳の中の殺意』で、何と悦ちゃんは結婚を目前に強姦されるOLの役を演じたのです。この人間界で、志穂美悦子を強姦するという、レオパルド戦車を素手で叩き壊すような無謀な振る舞いに及んだのはどんな奴でしょうか。きっと、悦ちゃんのような強い女に劣等感がある、小柄で貧相、そのくせプライドと態度ばかりが増長した奴で、体力でかなわないからヤクを使って全てを解決しようとするような、人間のクズでしょう。あくまで想像ですが。

 さらに悦ちゃんは、『欽ドン!よい子悪い子普通の子』で、欽ちゃんの妻役でコントをこなすようになります。ここで悦ちゃんは姑役の山口良一に「この腕太いわねぇ」「このいかつい肩!」などとその腕力の強さを徹底的にからかわれる半面、可愛く甘えていたかと思うと突如ドスのきいた声で凄んだり、片腕で欽ちゃんや山口を持ち上げたり、ヌンチャクを振り回したり、勢い余ってセットを壊したり、後の『コータローまかりとおる!』などのJAC系コメディ映画に向けて着々とコメディのセンスを磨いていったと言えば聞こえは良いが、ほとんど和田アキ子かデストロイヤーのような扱いを受けており、そのセルフパロディを楽しげに演じる悦ちゃんの姿に、昔からのファンは枕を濡らしたものです。

 その後悦ちゃんは『熱海殺人事件』『男はつらいよ・幸福の青い鳥』に出演するなど、スキルアップしてるんだかダウンしてるんだかわからない映画に出続けた後、87年にヤク中と結婚、以前にもましてアクション映画で彼女の名を見る機会は無くなってしまいます。

 世の悦ちゃんファンは一日も早いカムバックを期待していたのですが、それを期待させる事件が二つありました。

 一つは、昨年、ヤク中が逮捕された時です。しかし期待に反して、悦ちゃんは警視庁にヤク中奪回に殴り込みに行くわけでもなく、家庭を守る旨を発表しただけで、状態は変わりませんでした。もっともヤク中の妾こと国生さゆりが記者会見した時、国内は爆笑の渦に包まれました。ヤク中は国生と付き合おうと思った時、何と国生を悦ちゃんのもとに連れて行き、妾にしていいでしょうかと、お伺いを立てていたのです。こんなヌケ作に我らが悦ちゃんがハメられているのかと思うと情けなくなる半面、乱暴者の噂が絶えないヤク中が、ここまで押さえつけられるのかと、改めて悦ちゃんの底知れぬ強さに畏怖した方も多かったでしょう。もういい、ヤク中、復帰するな! おまえは専業主夫になるか、出家して袈裟着て超能力でも使ってろ!

 そして『ストリートファイターU』が実写映画化された時も、悦ちゃんは動きませんでした。人気ヒロインの春麗−−身内を殺された麻薬捜査官で、その仇を捜して外国へ旅立ち、拳法の名手で空中戦をこなせるキャラクターを演じるのは、李紅竜こと悦ちゃん以外に誰がいる! さあ道着を着ろ、ヌンチャクを持て! 世界は志穂美悦子の復活を待っている! 今こそヤク中どもを退治しろ!


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